2014渓流釣行

手取川鮭釣り

子供が土曜日の授業参観の振休で、月曜日がお休みになった。
この日は前々から石川県の手取川へ鮭釣りを予定していたのだが。
お休みが一緒になると、どうしても子守りと言うミッションから、お父ちゃんは逃げられない・・。

とりあえず半日くらいなら、河原で遊ばせられるだろうと、川まで連れていき、タモ役を任せることに。

私は初挑戦の手取川、子供の手前、何とか生きてる鮭を見せてやりたい。
(それに私自身、折角行くのだから釣りたいし)

Dsc_td00

川の様子も分からないので、適当に空いている場所に入ったものの、2時間ほどボーズ。

移動することにして、やっとこさ記念すべき、手取川の初の獲物が。

Dsc_td9

周りにいた人達に応援して貰って、長男坊主も無事タモ入れに成功♪

お手伝いしてくださった近くの皆様、ありがとうございました!

「うぉ~!でけー!凄い!」
喜ぶ長男を見て、一安心のお父ちゃん。

勿論、私も嬉しい。大人が見ても大きな魚だから、子供の目には超巨大に映るのじゃないかな。
(・・・この時点で、小雨が舞い、冷たい風も出てきた)

Dsc_td8 Dsc_td7

私は実は昨年までは、「鮭釣り」にはそんなに興味が無かった。
それが色々思う事があって、まずは実際に釣ってみよう、と思い立った次第。

鮭は物凄く力が強い(当たり前だけど)。
掛けた魚の動きをどう捌くか、そのプロセスがまさに「力勝負」。
思っていた以上に、これは楽しい釣りだ!

不思議と、掛けてからドキドキハラハラしないのは、道具がゴッツイからかな?

良く分からずに色々試してみて、自分の釣り方で、ある程度勝負になる事は分かった。
今年は遡上数も好調らしく、良いタイミングだったのかも。
あと何度か挑戦して、条件の良い時、悪い時、色んな場面を経験すれば、更に釣りの幅は広がりそうに思う。

Dsc_td6

私一人なら一日通すところだけど、冷たい風雨の中では、子供が風邪ひいてもイカンし、予定通り釣りは昼前に終了。
初挑戦にしては、魚の顔も見られて、上出来じゃないかと。

次は子守りじゃなくて、腰据えて釣ってみたい。

何だか、またしても楽しみが一つ増えてしまった。
もう来年まで釣れないのが残念だ。もっと早くから始めたら良かったかな。

Dsc_td01

北の渓

2014’渓流シーズンは終幕となった。
しかし、広い日本、まだ開幕中の地域もある。

『北海道』

ここは鮭鱒類を狙う私にとって、一種の特殊な感情を抱かせる地。

Dsc_hetg

そんな北海道へ出向く機会に恵まれた。

10月も初旬なのに、道路から見ると、すでに紅葉も始まっている。

北海道と言っても、実に広い。

実は当初の予定地に、諸事情で行き損なってしまい、今回の旅となった。

現地に友人が居てくれるお陰で、無理矢理の出撃が叶った次第。
持つべきものは友、全くその通りだと、あらためて想う。

Dsc_henj2

目の前を悠然と大きな鮭の群れが泳ぐ。
浅瀬で背鰭を出していたり、雌雄ペアが深みで静かに寄り添っていたり・・
そんな光景が、ここでは普通なんだな。 私は初めて見るので、興奮しっぱなし。

自分の経験上、魚が居そうな場所を狙ってみる。
まずは元気なニジマスが出た。

上へ下へ、凄いスピード感で泳ぎまわる。

自然繁殖の個体が、聞いてはいたものの、こんなに強いとは。
本州で出会う魚も大概強いのだけど、どうにも違う。

Nijimasu

色合いとプロポーションが素晴らしい・・。

これほどニジマスに見惚れるのは初めてだ。

Dsc_hefrrrd Dsc_hegdc

河原には腐臭が漂い、産卵を終えたであろう鮭の亡骸が累々と。

山を見れば、キノコ類が沢山出ている。

これらの自然のサイクルの中、そこに息衝く魚に出会う、今回はそんな釣り旅。

Dsc_hetet

新子のヤマメ。 サクラマスの遡上も多いのだろう。

いつもなら、大きなヤマメは何処に居る?と考えそうな私も、ここではあまりそうは成らない。

釣り方や狙い方も大事なんだけど、どう言ったら良いのか、もっと大らかな感じと表すのが適当か・・?

いつもの渓流釣りとは、私には色んな意味で、北海道のそれは感覚が違う。

Dsc_hen1

元気の良いニジマス達が、イトをビュウビュウ鳴らして抵抗してくれる。
もっと大きな個体に出会えたら、ヤバイ事になりそうだ。

中には70センチを超す、鮭よりも強い個体も居ると聞く。

私自身も、正直普段は、そんなに好きな魚ではない。 
でもやはり、北海道のこれは「別の魚」かと思えてしまう。
竿から伝わる感触からして、本当に別の魚種みたいなのだ。

Dsc_hohj

水の中も外も、ロケーションが私の知る河川とは全然違う。

見た事の無い景色が連続するので、新鮮な気持ちで竿が振れる。
大袈裟でなくて、知らない釣りをしてるかのようだ。

Dsc_heffa

強行日程の一泊二日の釣り旅には、文章では表し切らない、濃密な時間があった。

出会えたものたちと、友に感謝。

私は、またこの地を踏みたい。

次はどんな出会いがあるだろうか。 またも楽しみが増えたように想う。

秋アマゴ

大きなアマゴがユラユラと泳いでいるのが見えた。
婚姻色を纏った、オス。ペアは・・視界には入らないが、何処かに居るのだろうか。

一応仕掛けを通してみたが、予想通り、完全に無視。
そのうちに、何処かへ姿を消してしまった。

それらしい場所を探りながら歩いていく。
時折アワセの効かない、小さくて短いアタリが出る。

この反応の出方、間違いなくターゲットが「居る」。

掛け損なえば、大体2度目のチャンスは無い。 
分かっていたことだが、あらためて一投ごとに、集中する。

ごく小さなアタリに、アワセを少し遅らせてみた。

「掛かった!」

Dsc_9ras4

水中に姿が見えた瞬間から、心臓が鳴りっぱなし。

タモに魚が収まってからも、興奮が冷めない。それどころか、震えだしそうだ。

ありがとう、今年も出会えた・・

近年私は、最終の秋の鱒に出会いたいがために、それまでのシーズンを釣っているように想う。
春には春の、夏には夏の釣りがあり、どれが好き嫌いとか、そういう色分けはない。

ただ私の場合は、釣り上げたときの感動の度合いが、秋のアマゴに対して非常に高いのだ。

Dsc_9ras3

小さい魚より、大きな魚を、と普遍的な欲求はある。

それがこの秋色の魚に出会うと、サイズでは言えない価値と言うのか、ただただ見惚れてしまう。
夏時期に同じサイズの魚に出会っても、勿論嬉しいのだけど、やはり感覚が違う。

ずっと眺めていたい、でも、元気な子孫を残してほしいので、手早くリリースしたくもなる。
なので、焦って写真を撮って、ボツ画像が多発・・。。。
この場面もある意味、この時期ならではのものだ。

元気に泳いで渓に戻る姿を見て、大声で「ありがとう!」と叫ぶ。
限りなく自己満足的なのだけど、一連の所作全てに感動する。
自分の中で、感情が昂ぶっているのだろう。
私にとって、そうさせるだけの魅力が、秋のアマゴにはある。

Dsc_9raskio

渓の周囲にも、色々な秋色が見える。

多くの事柄に意識を向けて観察した方が、私的には楽しく、そして釣果は付いてくるのかも知れない。
自然の中のものたちが、条件の変化を、人間以上に敏感に感じているから。

季節ごとに変わる魚の行動は、何年も釣っていれば、おおまかには分かるようになる。
しかし自然の中では絶対的な釣りの方程式は無い。

なので、工夫に工夫を凝らす。
その構築のプロセスが、この釣りの醍醐味の一面だとも思える。
自然の成す事柄の中に、自分の欲求を無理矢理入れ込む、とは言い過ぎだろうか。

私は秋の鱒に出会う事、この至福の瞬間に近付きたい。

Dsc_9rasi

最後の場所でイワナも出てくれた。

秋鱒=アマゴ、と解釈しているが、秋のイワナも大好きだ。
いよいよ竿納めの時に、やはり「出会えてありがとう」と想う。

 

今年は私のメインの釣り場の木曽水系は、色々なことが起こった。

土石流災害、御嶽山の噴火・・

魚達は本能のまま、その環境下で息衝いている。

産卵を控えた魚達が、無事に多くの子孫を残してほしいと心から願う。

出会えたものや事柄に、感謝。

振り返ってみて、趣味の釣りとしては、実に良いシーズンだった。

これで本年の渓流釣りは終幕となった。

渓魚達、また来年出会えることを・・

夏と秋

秋になるとアマゴ達は婚姻色に染まり、産卵の時期を迎える。

毎年の渓流釣りの〆には、この秋色のアマゴに出会いたい。

釣り上げることに、幾らかの罪悪感のような、妙な感情が入るのも確かなのだが・・
そのままそっとしておきたいような、しかしそこは、釣り馬鹿の性が勝ってしまう。

Dsc_amok

ところが。 9月も末だと言うのに、夏のようなランドロック・サツキが出た。

・・・何で?? この時期には私は出会ったことが無い。

抵抗も魚体の通りで、夏のようにシャープ。
釣れた事は素直に嬉しかった。 
でも、秋のアマゴを狙っていての出逢いなので、何となく微妙。。

秋の渓釣りでは、実に魚の反応がシビアなことが多い。
この日も散々空振りして、やっと出た魚だった。

とは言っても、こんな夏色が居るようでは、秋のアマゴは何処に?

Dsc_am

何度か場所を変えるうちに、ちょっとした深みで、秋色のメスアマゴが出た。

サイズこそ大した個体では無かったけれど、ようやく付き場の手掛かりを得たような。

その後は順調に反応が出て、秋色の魚たちが。

そんなに大型は出なかったけれど、この色合い、何度でも見惚れてしまう。

早くリリースしたいので、ちゃっちゃと写真を撮る・・が、後で確認すると、もっと丁寧に写せば良かった、と反省するハメに。。
そもそも、釣らなきゃイイのにね・・(笑)。

Dsc_amn

釣り場に向かう途中で、ミヤマクワガタが居た。
しかも若い感じに見える。

どうも季節が解らないような、 不思議な感覚だ。

夏と秋が交じり合って、季節が進行してるのかな。

考えても解らないのだけど、やはり考えずにも居られない。

外来魚

外国から移入された魚で、釣りをしない多くの方に一番知られているのは、ブラックバスじゃないかな。
出身や移入の経路は様々、今は日本の地で生き、世代交代をしている魚達は結構種類がいる。

生きる命に罪は無く、どこでどんな形であっても、それは変わらない。

釣りと言う行為を通じて、私の場合は河川をメインに、そこに棲む魚達に出会う。
手にした魚に様々な想いが巡るのが、釣りの一面としてある。

Dsc_tyr

ブラウントラウト

彼らの移入の歴史を、私は正確には知らない。

欧州産のこの魚は以前、多くの地に放流され、今も息づいている。
聞くと、かなり大型になる個体も居て、これを狙って竿を振る人も多いようだ。

元々はイワナやヤマメ等の魚種が居たであろう河川に、この魚以外が非常に少ない地がある。

外来魚の勢力拡大で、在来魚が減ってしまったのか、
水質や環境の変化そうさせたのか、あるいは外来魚の繁殖を助ける条件があるのか・・?

この魚との出会いには、私としては色々と考えてしまう次第だ。

秋口の変化

9月初旬に、毎年のように悩むことがある。

渓流の釣りにおいて、時期ごとの魚の居場所を想定するのは、最重要項なのは確か。
それがこの時期は、あくまでも私的には、非常に難しいと感じている。

Dsc_yfedsdd

割とあっさりと釣果に出会うこともある。

しかし、釣り場の選択を誤ったり、釣り方を間違うと、やり直しが効かないと言うか。
ダメとなったら、まるっきりダメ、だったりする。 

魚の移動が掴み難く、居場所が見付け難い。

同じポイントを前にしても、夏までのパターンが通じなくなるケースが増えるのがこの時期。

Dsc_yfgggs

魚の成熟には個体差があるので、夏と秋の両方の状態が混在してるのだと想う。
(これは、私の通う河川でのこと。地域が違えば、また時期的考察は違うはず)

春から夏への移行の際は、魚の行動がある程度想像し易い。
これが夏から秋へ、となると、産卵期を控えて行動が変わり、居場所から反応の出方までが変わってしまう。
初夏の頃の変化とは、一釣り人的には、意味合いが違うのだ。

適度に増水すれば、まるっきりの渇水のままの河川よりは、幾らかは釣りは組み立てやすいかも知れない。
水が動くとき、魚も動くのは、水中の彼らの共通する性質なのだろう。

ここで問われるのは、先に書いたように、魚の着き場を予測出来るか。
そして、この時期の魚に合わせた釣り方が出来るか。 そんなところだろうか。

Dsc_yffttf

この2尾は分かりやすい。
上は夏色のメス、下は僅かに秋色に成りかけたオス。

夏色の方が元気かというと、そうでもなくて。 ガツン!とアタってきたのはオスの方だった。
メスの方は、反射喰いと言うか、ちょっとしたイレギュラー・アクションにコツリ!と来たのを仕留めた個体。
口の皮一枚のハリ掛かりで、よく外れなかったものだと想う。

こうした、「食い気」で掛かってくるのではなく、チョコン!と反射的に口を使う個体が多くなる。

Dsc_yfg

それと、この時期は特に「タイミング」がモノを言う事も多い。
その構成要素が多すぎて、結果論でしか言えないのだけど。

今回の釣りでは、朝から曇天で、昼前はまずまずの好反応だった。
ところが、太陽が顔を出した昼頃からはサッパリで。
小さい魚は何時でも元気、ところがある程度のサイズ以上は完全に沈黙・・。

水加減、天候、魚の個体差、釣り方・・考える限りの手を尽くして、魚との出会いを追い掛ける。

楽しいはずの釣りが、「難しさ」で頭を悩ませる方が勝ったりもする。
解っているのは、これは禁漁間近の最終に向けた「秋」の釣りの序章だと言う事。

悩みながら、また渓に足を向ける。 秋の鱒に出会いたいから。
出会えた一尾に本当に感謝する、それが秋の渓釣りなんだと想う。

魅力と難点

今年も木曽川水系に詣でている私。

ある人に、「木曽川の釣りの魅力とは何だ?」と聞かれた。

釣り場の広さと、地区ごとに変わる渓相があり、本支流含め様々なロケーションで釣れること。
それら各所には、それぞれの地の特徴を持つ魚が居る。
つまり「釣り」のバリエーションが豊富に楽しめるフィールド、だと私は想っていて、通う理由になっている。

Dsc_s2

魅力とは逆で、以前から気になってはいた難点の一つに、漁協の放流している稚魚、がある。

どうも今年は、全域で朱点の派手な、所謂「花魁アマゴ」に良く出会う。
魚体そのものは立派で、朱点以外にはそんなに問題は無いように見える。

以前から各所で見掛けてはいたものの、今年は特に遭遇率が高い。

Dsc_liko

魚に罪など無いのは当然ながら、正直、複雑な気持ちになってしまう。

これはあくまで個人的な意見で、見た人がどう感じるのかは差異もあるかもしれない。

Dsc_look

艶々の綺麗なアマゴも沢山居るわけだから、私としては、これらに頑張って欲しい。

それと、残念な事柄を追加すると。

これは木曽川に限った話題でもなく、本来居るはずのヤマトイワナが激減したこと。
私が普段通うエリアでは、純血ヤマトイワナに出会える確率は、殆どゼロだとさえ思える。

Dsc_s1

イワナでもアマゴでも、良いサイズが釣れたら、確かに嬉しい。

でも出会う魚によっては、そこにある種の残念さ、が幾らか残ってしまう。

今そこに生きる命を、どうこう言っても仕方ないかもしれない。
人為が入ってしまった以上は、遺伝的な攪乱は取り返せはしないのも確かなこと。
せめてその子孫たちが、川に馴染んだ、本来あるはずの姿を残してくれるよう、祈るばかりだ。

そこに棲む魚族も含めて、これからも魅力ある河川であって欲しいと心から願う。

釣り指南?

子供たちが夏休みを迎えると、どうしてもお父ちゃんの自由時間は少なくなる。
夏の渓魚達を狙い、渓へ行きたい衝動を抑えつつ、子供と夏の思い出づくりもしたいところ。

なので、深夜から渓に出発して、朝だけ釣りをしてから飛んで帰って来て、子守りで別所へ。
そんなハード・スケジュールをこなすハメになる。
我ながらタフなマネをしている訳だが、それも今の内の話。
もう何年かすれば、子供たちは大きくなって、付き合ってくれなくなるであろう・・寂しいような、嬉しいような。
   

我が長男は、ここまでは順調にアウトドア遊びが好きでいてくれる。

Dsc_nrrf

最近は「釣り」という遊びにも関心が高まってきていて、今はターゲットを選ばず楽しんでいる。

そして何処のフィールドでも、「釣り」だけでなくて、周囲の生き物を捕まえたりして観察するのも好きらしい。

性格の問題なんだろうけど、行動が笑えるほど私に似ている。
DNAとは本当に、見事に受け継がれるもんだと想う。
(ところが何故か、長女は全然だったりするのだけど・?)

Dsc_siiu

そんな長男と、久しぶりに渓流釣りに行くことに。

こうなると、時間を決めて飛んで帰るとか、そう言うプランは必要が無い。
安全に歩けそうな場所を選んで、一緒に楽しむだけ。かなり気が楽だ。

Dsc_ytgb

水辺には、色んな生き物が居る。

釣りに来ていても、こうしたものたちに気が取られるのは、子供では致し方ないね。

私でも山菜やキノコなど、やはり釣り以外に目移りするものは山渓には多いのだから、子供なら尚更だろう。

Dsc_ythg

「釣る事」に気持ちが向いたのを見て、少しだけアドバイスしたりしてみる。

静止画だと何となくサマに成ってるように見える釣り姿も、その実は・・・・だったりしてね(笑)。

あまりに口煩く教えるのは、私は好まない。そして子供の方も、やたらにゴチャゴチャ言われたく無いだろう。
私は子供の頃はそうだったし、実は良い歳の今でも、その辺はちっとも変わらない。
三つ子の魂百まで、とは良くいったモンだ・・。

本人がヤル気を出してるなら、それで放っておけばイイ。
人に言われて行動するより、自分で考えて成した事の方が、ずっと大きく自分の中に残るものだから。

Dsc_yyra

そして今回、非常に綺麗なアマゴがヤツの手に収まった。

後ろで一部始終を見ていた私も、正直ビックリだった。

艶々の肌、その色合い、何処から見ても、私が今年出会った中では、最高品質?かもしれない。
 

「おい、良いアマゴだぞ。やったな!」

「うん、チョコッ!って喰い付いた感じがしたから、アワせたら掛かったんだ!」

・・・ほほぅ・・言う様になったじゃないか。お父ちゃんは嬉しいぞ♪

上顎をシッカリとハリが貫通していた。 これはこれは、幾重にも見事。

 
振り込みが・・取り込みが・・とか、色々思う事はあるけど。
それこそゴチャゴチャ言わん方が、ね。

Dsc_ytrrし気もなく、リリースする図

あとは自分で考えて、何とでもするだろう。
煮詰まりそうなら、また少しだけアドバイスしてやれば十分じゃないのかな。

今日は、何尾かの渓魚を釣った長男。指南のつもりが、実は父ちゃんの方が教えられ、そして楽しませて貰ってるようにも思える。

教える方が実は勉強してる、それはこんな場面にも言えるのだろね。
 

次は父ちゃんも釣るよ。 また行こう。
もう何年か、一緒に夏を楽しもうな。

竿の長短

春頃から“本流竿”を振る私。
近年メインのアイテムは9Mで、たまに8Mに持ち替えたりする。

大きな川ばかり釣ってる訳でもなくて、6M前後の“渓流竿”を持って、山間の渓を歩くこともある。

そもそも何処までが「本流」で、何処から「渓流」かと問うても、明確な境界線がある訳でもない。

なので私の場合、7Mの竿で間に合わない広さの川を、「本流域」と勝手に考えることにしている。
(間に合わない→全体のポイントが大きすぎて攻められない)

Dsc_tn1

私が渓流域の好きな一部分として、 その水色と周囲の景色、がある。
沢歩きを趣味にしてるわけでは無いので、ここに「釣り」と言う行為を絡めて考える次第。

6Mクラス前後の長さの竿は、本当に操作性が良い。
細かな流れの一つ一つを攻めて魚の反応を拾うには、短すぎず長すぎない、そんな風に感じている。
また、この長さが邪魔になるような小谷は、普段は釣りの対象外として、竿を出すことは滅多に無い。
 

ポイントが小さな渓流域では、釣り方が本流のそれとは違ってくる。
その違いをザックリ言うと、一連の動作の「リズム」みたいなもの、と表すのが適当かどうか?
対象魚が同じであっても、釣りの感覚的な違いは小さくないと想う。

Dsc_tannyui4

一方、本流域の釣りになると、やはり釣りの動作にある種の「豪快さ」が加わる。

水色や景色を言えば、場所によっては渓流域から数段落ちることもある。
しかしそれを補って余る釣りの面白さがあるのも確か。

大きな川で、太くてブ厚い流れを攻略する楽しさ。
そして出会う魚の大きさと、その強い流れを味方にして抵抗する相手の力強さ・・等々。

どこに一番の意識が向くかというと、私の場合は「流れを読んで魚の反応を引き出すプロセス」になる。
ちなみにこの一点においては、小谷であっても本流であっても、私の意識するところは殆ど違わない。

Dsc_tannyui2

川が広く深く、狙う場所が大きくなるほど、竿も仕掛けも長くなる。
しかし、長いよりは短い方が、仕掛けの操作はずっとし易い。

短い竿を振ってから長い竿に持ち替えたり、またその逆をしてみると、あらためて気づくこともあったりするものだと想う。

高活性か、好反応か

渓流に限らず、釣りをしていると「良く釣れる日」に出会えることがある。
勿論その逆も中間?もあるわけで、いずれの日並みに当たっても、その条件下で頑張るのは同じ。

渓流釣りにおいては、水位の増減が魚の反応を変えるのは、一部では間違いない。
しかし経験上、増水すれば釣れるとか、渇水では釣れないとか、そう単純でも無いように想う。

Dsc_njjff

先日、非常に魚達の反応がよく出る日に出会った。
これは「時合い」みたいな、一時的にドンドン釣れると言うのではなく、コンスタントに魚の反応がある日、という意味。

何でもない瀬から連発したり、ここならばと狙った深みから、やはりアタリがあったり。
出ないときは何をしても出ないのに、こんな日は不思議なほど魚が出てくれる。
この魚達は、今まで何処に隠れてたんだろな?と思わずにはいられない。

こうなれば釣果としては数型ともにチャンス到来で、次々に掛かる魚の手応えに、笑みが止まらない。
そしてあわよくば、普段手にできない大物を!と欲を出したりもする。

『ラッキー・デー』とも思えるのだけど、ここに前々から疑問に感じていることがある。

Dsc_nat1

今日は魚の活性が高い(または低い)、なんて良く聞く言葉がある。

それはその日、その時の条件に、自分の釣り方がハマってる(ハマってない)だけじゃないのかな?

春先の冷水時期ならば、確かに所謂「低活性」な場面はある。
しかしそうではない、初夏以降の渓魚達が、動きが鈍いとは考え難い。
(極端な渇水で、水温が上昇が起これば、あるいは淵の底などで動かなくなる、とかはあるかも)

エサ釣りでは釣れるが、フライはペケとか。ルアーには出るのに、エサ釣りでは出ないとか。
色んな場面を観るたびに、魚自体は「高活性」の状態でも、釣れるかどうかは別。そんな気がしなくもない。

仮にルアーでバンバン釣れてる状況で、エサで釣れないから、魚の活性が低い、とは成らないだろう。
同じ釣り方同士でも、腕前の差で結果は幾らでも変わってくるし。

Dsc_nat2

つまり、魚が良く釣れる日は高活性、逆は低活性、とも言い切れないように想うのだ。

5月半ば以降は(私の通う釣り場の場合)、基本的に魚は高活性状態で、釣れない時は釣り方が合っていない。
そんな風に捉える方が、私的には何となくシックリ来る。
   

魚にも個性とか性格があるようで、同じ川の同じ魚種であっても、行動が結構違うのは確かなこと。

瀬で小魚を追い回すのも、淵底に定位して、目の前に流れてきたエサだけを静かに食べているのも、同じくアマゴだったりする。
言い出せば色々で、水面の虫ばかり捕食してるとか、その虫はカワゲラだとか、カゲロウだとか・・

これらを同じ釣り方で釣ろうとすれば、釣り易い・難いが出るのは当然だと想える。
それに昨日は淵底に居た魚も、今日は瀬に出てる場合もあるはず。

Dsc_njhbbアマゴもイワナも、外人選手も良い反応を

良く釣れた日を「魚が高活性だった」と言うのも良いし、実際にそうなのかも知れない。

ただ、魚の反応が活発、つまり「好反応=高活性」と考えるのは違う場合もあると想う次第。
 
 

私はどうにも欲深い?ので、何時でも何処でも、面白い良い釣りがしたいと思っている。
(多分、多くの釣り人は同じじゃないかと?)

なのでイマイチ釣れない日には「何故だ?」と頭を捻って工夫もするし。
今回のように良く釣れる日に出会えば、「何故だ?」とやはり考える。
 

答えは水の中。

想像は出来ても、そう簡単に結論は出ない。 だからこそ追い掛けて止まない。

Dsc_bhvv
 
  
 
釣れても釣れなくても、真剣に渓と対峙して経験値を積むことが、「良い釣り」を引き寄せてくれるだろうと。

良い日に当たったとしても、釣りの技術自体が未熟では、やはり望む結果を得るのは難しいからだ。
私の釣行した同じ日に、私よりもっともっと経験豊富な手練れが釣れば、私では出せない、驚く釣果を出すかもしれない。

なので今は、考え方の一つとして、魚の活性が高い・低いを、水温や気候が不安定な時期以外は封じようと想う。
   

何たって、今回のような日は、やはり物凄く楽しいのだ! 感謝!!

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のトラックバック

無料ブログはココログ