« 釣りの師匠 | トップページ | 2017・鮭釣り開幕 »

釣魚の扱いと撮影

渓流で釣っても、近年は滅多に魚を持ち帰らない。

デジカメの登場以後、「生きた魚」を撮影して、記録とするのも楽しみになった。
時折もっと良いカメラが欲しいとも思うし、撮影の技術力も上げたい。中々叶わないのだけど。
 
Grt3
 
リリースを前提とする場合、魚を極力元気なままで流れに帰したい。
 
なので、
水から魚体を上げる時間はなるべく短く、
手で触れる際には、渓水で冷やしてから、
エラの片方だけでも水が通って、酸欠にならないように・・等々、自分なりに魚に気遣ってるつもり。
(河原が無い場所などもあるので、難しい場合もあるが・・)
 
 
大物や個性的な魚ほどしっかり記録したい。しかし希少な魚こそ、早く逃がしたいとの想いもあって、ボツ画像ばかりの時もあったりする。 
 
だったら釣らなきゃイイのだ、けども、「釣り」が好きで、「渓魚」が好きなのでね。 
 
 
以前は食べることも楽しみで、「リリース」と言う観念がなく(チビッ子以外は)。
まな板の上に魚を載せて、写真を撮ったりもしていた。
 
今も大物と出会うと、剥製にしようか、と考えたり。
良く釣れる日など、偶には家で塩焼きでもしようか、とか。
夏に子連れで釣りに出た際、一匹づつキープして、夜に一緒に食べるのは、良い一幕だとも想う。そんなシーンを撮影するのも、「生きた魚」の記録とは別で、それはそれでアリ。
 
程度の問題はあっても、絶対に○○すべき、と他人に言うのも言われるのも、私は好まない。
各河川のルールに沿って釣るなら、それ以外は個々の価値観だろう(マナー、モラルと言った話題は、今回は省略)。
 
 
インターネットが普及し、リアルタイムに各地の釣果や河川の情報が見聞きできる昨今。各地の美しい渓流や、渓魚の画像を見ることは、それ自体が楽しみにもなった。
 
膨大な情報量の中、私の場合は「生き生きとした渓魚の姿」に惹かれる。渓魚の美しさ、格好良さに惚れているので、自分が釣り上げた魚でなくても、画像でワクワクしたり、嬉しくなったりもする。
 
逆に、良い魚と思しき個体を、特徴の見えない姿に撮られていたり、複数の死魚と並べてあるのを見ると、やや残念な気持ちにもなる・・生きてる姿が見たかったな、と。
 
 
こと渓流においては、撮影された魚の姿から、その人の釣り姿勢や、魚や自然への接し方が一部映り込むように感じている。これはカメラやレンズの性能、撮影技術云々とは別な話。
 
 
私自身、多少なりとネットでの配信をしてきた。
好きな釣りと渓魚の躍動を、画像から幾らかでも感じられる記録の残し方をしたいと想う。

« 釣りの師匠 | トップページ | 2017・鮭釣り開幕 »

釣り語り」カテゴリの記事

コメント

初めまして、突然スミマセン今回の記事に全く同感だったっためコメント失礼します。
こっそりいつも拝見させてもらってました^^
魚が死んで色の変わったのを数十匹見せられたり、生きていても砂まみれになった魚はいそうでなりません。
俺も時々持って帰るのは良いと思いますが毎回数十匹持ち帰るのはどうかと・・・。
極論ではなく魚を大切にする気持ちが大切ではないかと思います♪

息子さんとの釣りも良いですね~、俺よりいいアマゴ釣ってますから羨ましいです^^
52cmの秋鱒も圧巻でした、よろしかったら俺の秋鱒も見てやってください、小さいですが(笑)

TAKAさん、初めまして。
同意のコメント、ありがとうございます(^^)
釣った魚をどう扱うかは、意見が分かれますよね。渓魚を食用、商用とすることを全否定は致しませんが、TAKAさんの仰る通りで、魚と環境を釣り人は大切に考えた方が良い、と私も思います。

そちらのブログも、見させて頂きますね。
ご意見、ご感想など、また何でもお聞かせくださいm(__)m

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1419207/71915711

この記事へのトラックバック一覧です: 釣魚の扱いと撮影:

« 釣りの師匠 | トップページ | 2017・鮭釣り開幕 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

無料ブログはココログ